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文学
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文学には、純文学とか、大衆文学とか、推
理小説とか、いろいろな分け方が便宜上され
ていますが、その本質まではっをりと分けら
れていることはないので、私たちはただ本を
読んで楽しむ、これでよいのではないでしょ
うか。
私たちは自分の体験に基づいて物事を考え
ています。文学は、この体験を増し、考え方
を豊かにしてくれるものといえましょう。
もちろん、小説の中の人生は、実際社会の
人生とは違いますから、小説の主人公の体験
がそっくりそのまま自分たちの人生の体験に
結びつくとは限ゆませんが、主人公たちの考
え方や生き方を二人でいろいろ考えてみるこ
乏は、若い出発したての夫婦にとって餌決し
てむだなことではないはず。
そこで、何を読んだらよいかということで
すが、「世界文学全集」とか「日本文学全集」に
載せられている、すでに声価の定まった名作
や古典ならば、読んで損をすることはないで
しょう。
最近では若い人々の間に、「源氏物語」や西
鶴などの古典を研究するグルτプが、それぞ
れの地方の文化会あたりを中心にして生まれ
ているので、それらに加入するのも、古典を
読む一つの方法。
なつめそうせきあくた
また、近代文学ならば、夏目漱石とか、芥
がわりゆうのすけだざいおさむ
川竜之介、太宰治などのように、ひとりあ作
家の全集が出ていることも多いので、それら
で好きな作家を通読することもできます。
しかしハ新聞や週刊誌に載る、幅の広い大
衆的な小説について考えると、
現代小説について
いのうえやすしふなはしせいいちにわふみおいしかわたつぞう
井上靖、舟橋聖一、丹羽文雄、石川達三、
ししぶんろくいしざかようじろう
獅子文六、石坂洋次郎などの諸大家は新聞小
説のベテラン(熟達者)といわれていますが、
それほど、これらの作家はよく登場します。
こうした新聞小説の「現代物」で、最初に成
きくちかん
功したのは菊池寛あたりではないかと思いま
すが、菊池寛についてな最近その文学全集竜
新しく出ていますので、ての機会に、かつて
のこの人気作家の全貌を知るのもお竜しろい
と思います。
昔から多くの「現代物」が発表されてきたわ
けですが、それらの中で後々まで残るものが
少ないということは、作品が発表されたその
時代時代の世相風俗といったものだけを、興
味本位に通俗的に描いたのでは、それが長く
読まれるわけにゆかない、ということなので
しょうか。
推理小説について呵、
平和な時代ほど、推理小説が歓迎されると
いわれますが、その意味では、現在の推理小
説ブームは士暑ばしいことかも知れません。
アメリカのエドガτーアランボーを始祖
とする外国の探偵小説には、数々の名作、傑
作といわれるものがあり、日本でも何度竜そ
れらは翻訳出版されているので、手軽に読む
ことができます。代表的なものに、「Yの悲
劇」「樽」など古典的な作品があります。
この推理小説には「本格物」と「変格物」との
大きな二つの流れがあり、いわゆるナゾ解き
のおもしろさを楽しむ「本格物」、ナゾ解きよ
りもそのふんいきを文学的に描く「変格物」の
どちらぶ興味深いかは、読む人の好みによる
わけになります。
まつもとせいちよう
日本では、松本清張をはじめとして、社会
派推理小説といえる新しい分野が開かれ、探
偵小説に新しいファンを穫得していますし、
アメリカでは、意気のいい私立探偵が活躍す
るハτドボイルド派という独自のものだ盛ん
です。
時代小説について
大衆文学の名作として、今まで声価をもっ
ている竜のには、時代小説が多いのです。
三〇年間にわたり書きつづけられた傑作、
なかざとかいざんだいぼさつとうげ
申里介山の「大菩薩峠」や、スケールの大きい
しらいきようじ
白井喬二の代表作「富士に立つ影」などは、ぜ
ひ一度は読んでおきたいもの。
しばたれん
今でも時代小説はなかなか盛んで、柴田錬
ごみこうすけ
ざぶろう
三郎、五味康祐など新しい人気作家が出て活
躍する一方では、昭和初期から活躍をつづけ
おさらぎじろう
よしかわえいじ
ている吉川英治、大仏次郎などの大家が、依
然として雑誌や新聞に健筆をふるっている壮
観さです。
また、時代物の中で、庶民の生活を、その
やまもと
人情を一途に描いて、独自の境地をもつ山本
しゆうごろう
周五郎の作品なども、さわやかな読後感を与
えてくれましょう。
こうした小説の場合、新しく発表されるお
びただしい量の小説を乱読するのでなく、そ
の中から選んで、好きな一人の作家の作品を
系統立てて読み、それについてお互いに話し
合うのが、賢明な読み方、楽しみ方といえな
いでしょうか。
短歌や俳句について
五七五七七とか五七五とかのことばの組立
てによる短歌や俳句は、古くから多くの人々
によって作られてきた電のです。
本を読んで小説を味わうの竜、竜ちうん楽
しいことですボ、大自然の美しさに打たれた、
ときなど、その感激を何かに表現したいとい
う欲望を、押さえられないこと竜あると思い
ます。
そんなとき、読むことから一歩進んで、自
分で作ることを考えてはいかがでしょう。
それには、短定形の短歌や俳句が入りや
すいのではないでしょうか。
毎日の新聞紙上には、○○歌壇、××俳壇
として読者からの短歌や俳句の投稿が数多く
載せられていますし、それぞれ専門の雑誌や
単行本も、書店には数多く見受けられます。
まず、こうした新聞や雑誌などで、人の作
品をどんどん読んで、短歌や俳句に慣れてし
まうことが、作品を作ろうとする場合の第一
歩です。
その次には、自分の受けた感激をわかりや
すく正直に述べることばをさがす練習をする
わけですが、これはなかなか大変なことなの
です。
しかし、別に専門家になるわけではないの
ですから、たとえ不慣れで、へたな作品であ
っても、さしつかえはありますまい。
夫婦がお互いに作った作品を見せ合って、
勝手な批評をし合うの竜、二入で楽しむ文学
の場であり、そうした二人の作品をノτトな
どに順序よく記録しておくのも、ご人だけの
場を作ったよい思い出になるのではないでし
ようか。
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